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金崎重信

Shigenobu KANEZAKI 第3期生(1963年卒業)

Posted on 2014.8.27 Last Update 2019.12.3 Author Organizer Tag 同窓生紹介

東海大学代々木校舎を1963年(昭和37年度)に第3期生として卒業しました。

金崎重信
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卒業に当り第1期生から実施されていた栄誉ある東海大学建築学科卒業設計賞(山田守賞)を授与されました。同期に於いては東海大学建築会の創設メンバーである菅野宗武君と安岡満君の3人が受賞しました。

私は、日本道路公団に就職し交通建築のあり方を模索して有料道路の施設設計に臨みました、一方木造の職員宿舎を建設しましたので木造建築の設計技術を習得しました。

1964年(昭和39年)福岡中央地下駐車場の建設現場に於いては建設資材の支給材がありセメント(4,300t)を管理する立場で工事監理を行いながらコンクリート(16,000m3)の品質管理を行いましたので、ここでコンクリートを勉強しRC建築技術の習得をしました。

1968年(昭和43年)に一級建築士の免許を取得しました。

同年日本住宅公団へ転身し当時工場移転跡地を面開発して高層住宅を建設する機運が高まっていた為横浜の京急井土ヶ谷駅前に建設する「井土ヶ谷東市街地住宅」の設計を担当して高層住宅の設計技術を習得しました。規模は14階建て・825戸・2棟1連にショッピングセンター5,000m2を収容する周囲に類を見ない設計でした。完成後神奈川県下優良建築物コンクールに入賞(県知事賞)しました。

1969年(昭和44年)10月5日霞が関東海大学校友会館に於いて東海大学建築会を創設し発足させました。卒業生が少ない中、社会に於いて東海大学の卒業生が孤立する事のないように多くの学友及び大学同窓会の賛同を得て建築学科の同窓会を作ったものであります。

私は、2006年(平成18年)に企業を退職するまで種々日本中の各地にお世話に成り現役を全うすることが出来ました。

この間特に意義深い仕事については、日本住宅公団(後に住宅都市整備公団に改称)に於ける種々の設計及び工事監理はもとより、1975年から1978年に担当した地域振興整備公団に於ける地方都市整備の為の新都市建設計画があります。新潟県の長岡新産業センター建設と宮崎県の宮崎大学移転に伴う宮崎学園都市建設では認可計画を担当しましたが共に建設され実現しました。

筑波研究学園都市に於いては科学技術博覧会に合わせて建設された筑波研究学園都市ショッピングセンターの基本設計を行い、筑波研究学園都市第一ホテルの内装設計監理を行いました。

住宅都市整備公団関西支社では京都市中心部に建設済みの市街地住宅9団地(御池通り市街地住宅他)を外壁修繕し修繕技術を学びました。

住宅都市整備公団神奈川南工事事務所長として神奈川県下横浜以西全ての建設現場18団地とその他を担当した工事監理では新築に係わる全ての技術を統括管理する事となり建築士としての生きがいを感じたものであります。

1995年(平成7年)割愛により(株)熊谷組に移り建設工事の受注を行いましたが建設業界の状況を学ぶ事が出来人生の幅が広がりを見せたと感じています。

私の職歴と仕事歴を以下、前後53年間にわたって紹介致しましたので東海大学の学生またはOBの諸氏が人生の在りようについて何がしかの道しるべになれば幸甚にございます。

最後に2006年(平成18年)金崎一級建築士事務所を設立し2014年(平成26年)現在に至っている事をご報告致します。

余談ではありますが東海大学建球会ゴルフコンペに於いては、第29回及び第47回の2回優勝する事が出来ました。ホールインワンを人生1回達成しました。

金崎重信(かねざき しげのぶ)

1941
兵庫県神戸市生まれ
1959
福岡県三池高等学校卒業
1963
東海大学工学部建設工学科建築学専攻卒業 日本道路公団入社
1968
一級建築士試験合格免許取得 日本住宅公団入社
1995
熊谷組入社
2006
金崎一級建築士事務所設立
2014
現在に至る(73才)